コラム

ケアに関するコラム集です。

ヘルパー交響曲 第2番 『煌めき』

日常生活は“その人らしさ”100%の原液

 デイサービスの介護職員として働いていた頃の私は、利用されているお年寄り一人一人の“その人らしさ”を大切にしたケアをしたいと常々思っていた。自宅の玄関先でのお迎えから始まり、玄関までの送りで終わるデイサービスでは、家の中まで上がり込むことがほとんどないので、彼らの暮らしぶりを肌で感じ取る機会が少ない。また、デイサービスでは皆さんがよそ行きの顔で過ごされるので、それは社会性という意味で、もちろん良いことでもあるのだが、ありのままのその方を見せていただくのは簡単ではない。そんな中で、少しでもその人らさを知ろうと試行錯誤を続けた結果、『人生紙芝居』作りに辿り着いた。
 そして今、ホームヘルパーとして日常の場に飛び込んでみると、状況は一変した。その人らしさ全開で暮らしているその方が目の前に堂々といて、その暮らしぶりのありとあらゆるところに、その人らしさが溢れていた。デイサービス時代、あんなに追い求めていたものが、である。さながら、いつも薄いと感じていたカルピスジュースを、今日からいきなり原液でお飲みください、と言われたようなものである。

ピザパーティー開催?

ありのままの暮らしを見せて頂いているが、本当に「十人十色」の一言に尽きる。中でも、特に強烈な印象を残した方がいる。一人暮らしの次郎さん(仮名)である。彼はアパートの2階に住んでいたが、最近は階段の上り下りがきつくなって、買い物にもゴミ出しにも行けていないらしい。それで初めて介護サービスを利用することになった。認知症もあるため、私の名前も覚えてもらえず、いつも「奥さ~ん」と、女性一般に対する呼称で話しかけてきた。ちなみに、私の苗字が「奥田(おくだ)」なので、あながち「奥さ~ん」呼びは間違ってはいない。
 私の仕事は、週1回1時間の訪問で、部屋に溜まったゴミを分別して、アパートのゴミ集積所に出し、食べ物などをスーパーに買い出しに行くというものであった。
 認知症があるためか、ゴミの分別はできておらず、ペットボトルも生ゴミもプラ容器も、一緒くたにビニール袋に詰められた状態で、それらが台所の床にいくつも転がっている。ゴミ収集車に回収してもらわないと、アパートの他の住人たちにも迷惑がかかるので、ゴミを袋からいったん出して、分別し直す必要があった。作業をしながら驚くのは、宅配ピザの空箱の多さだ。「友だちを呼んでピザパーティーでもやったのですか?」と聞きたくなるくらいの多さなのである。ある時、数えてみると、なんと8箱もあった。週1回の訪問なので、一日一枚はピザを食べている勘定である。実際、訪問した際に、宅配ピザの店員さんと入れ違いになったこともあった。

認知症でも工夫して編み出して生きている

 歩行が難しくなった時、焼き立てのピザを家に届けてくれる宅配ピザは、ありがたいサービスである。宅配してもらえる食べ物は他にもいろいろあるというのに、彼のピザ愛は相当に強いのだろうと思いながらゴミの分別をしていた時、私の目がシンク脇の一点に釘付けになった。水切りカゴに伏せられて積み重なった皿のてっぺんに、薄茶色の三角の物体があるのだ。それは紛れもなく、カットされたピザのピースであった。しかも3切れ。状況が理解できず、次郎さんに尋ねると、「ああ、それね、ピザを温めるのにちょうど良いんだよ」と教えてくれた。
 その水切りカゴは、単に洗った皿を伏せておくだけのカゴではなくて、上部の透明なプラスチックの蓋を閉めて通電すると、カゴの中が温かくなり、洗った食器が乾くというキッチン家電だったのだ。それまで、時間に追われて、台所をじっくり眺めたことがなかったのだが、言われてみれば電子レンジが見当たらなかった。トースターもなかった。いっぺんに食べ切れなかったピザを、後から温め直して食べるために、次郎さんが編み出した術が通電型水切りカゴの活用なのである。下の皿が多少油でベタベタすることを気にしなければ、特に問題はない。
 私は次郎さんの発想力に、彼の“生きる力”を感じた。彼の存在を「認知症」の一言で片づけてはいけない。
 訪問が始まったのは冬場であり、電子レンジなし・トースターなしの状況下で、次郎さんは少しでも温かいものを食べたがっていると分かった私は、買い物代行時の購入品についても見直した。通電型水切りカゴはいつも皿が満タンに入りっぱなしなので、中に入れにくいであろうお弁当の購入を減らした。また、ピザのピースのように、重ねた皿の上にも載せやすそうなコロッケを買ってみたり、お湯を注いで食べるカップ麺を購入してみたりした。
 中でも、カップ麺を次郎さんはとても気に入り、段々とピザの空箱は減っていき、代わりにカップ麺の容器がたくさん廃棄されるようになった。

私はシャーロック・ホームヘルパー

 次郎さんの規格外の暮らしぶりは他にもある。台所に空の鳥かごが置いてあるので、「鳥を飼っていたのですか?」と伺うと、「インコを飼っていた。半年前に死んじゃってね。鳥かごに閉じ込めておくのがかわいそうだったから、放し飼いにしていた。部屋中、自由に飛び回って、僕の頭になんかもとまって、かわいかったよ」と。どうりで、台所の隅にある蓋付きの大きなゴミ箱に、大量の丸めたティッシュがぎゅうぎゅうに詰まっていたのだが、これは部屋に落ちた鳥の糞を、気づいた度に拭き取った残骸だったのだ。これを紙芝居に描くとしたら、ピザにかぶりつく次郎さんの頭上を飛び回るインコ、という絵柄になるなと想像し、何ともカオスな世界に頭がくらくらした。
 溜め込まれたゴミから、次郎さんの暮らしぶりを推察するような、探偵っぽい部分もあって、お会いするのが楽しみになっていたのだが、サービス開始からわずか2か月で訪問は中止となってしまった。元々、担当ケアマネージャーの考えとして、まずは外部からサービスが入ることに、次郎さんがどの程度の拒否反応を示すのかを見極めた上で、できるだけ早い時期に「小規模多機能ホーム」の利用へ切り替えようと思っていたらしい。
 ちなみに「小規模多機能ホーム」とは、1つの事業所と契約し、「通い」「泊まり」「訪問」のサービスを一体的に組み合わせて利用できる介護保険サービスである。例えば、施設に通って入浴や食事の提供を受けられるし、そこへ泊まることもできる。また、自宅に施設のスタッフが訪問し、掃除や洗濯、調理などもしてもらえる。ただし、これらのサービスを他事業所と併用で受けることはできないという縛りがある。
 小規模多機能ホームの利用により、次郎さんの生活の栄養面や衛生面は格段に改善されそうだ。認知症一人暮らしということで、今後は益々、いろいろな介護職や福祉職の人たちが次郎さんの暮らしに介入してくるだろうが、次郎さんはこれまで通り、「奥さ~ん、それやってくれるの? ありがたいね」と言いながら、しなやかに新たな変化を受け止めていくことだろう。彼の人懐っこさや飄々とした感じは、どこか映画のフーテンの寅さんを彷彿させるのだ。たった2か月の関わりであったが、忘れられない人となった。