コラム
ケアに関するコラム集です。
骨折で、心も折れかける
腰椎圧迫骨折
2か月程前、ホームヘルパーの仕事中に、私自身が腰椎を圧迫骨折するケガをした。片麻痺のお年寄りを、ポータブルトイレから車椅子へ座りかえる介助をしている時に、「ボキッ!」とはっきりと聞こえる音がして、一瞬、力が入らなくなった。これが世に言う「ぎっくり腰」なのだろうかと思いながら、その後も仕事は続けていたが、腰の痛みが一向に引かないので、整形外科を受診し、背骨の第5腰椎が潰れていることが判明した。
これまで介護職として働く中で、圧迫骨折のお年寄りに数多く出会ってきた。転倒が原因で圧迫骨折し、強い痛みから寝たきりのようになってしまった方。入浴介助の際に服を脱いでもらうと、胸の下から腰にかけて、年季の入ったコルセットを一年中巻いている方。腰痛が悪化してレントゲン検査をしたが、背骨の複数個所が圧迫骨折をしていて、それぞれがいつ折れたものかも分からず、大量の湿布薬を貼るしかない方など。年をとるにつれて、骨が脆くなり、転倒もしやすくなるので、高齢者のケガとして、圧迫骨折は珍しくない。しかし、あくまでも“向こう側の人”のケガだと思っていた。自分は“こちら側の人”であり、相手と自分との間には明確な境界線があると思っていた。しかし、いつしか自分もその境界線を乗り越え、お年寄りと横並びの立ち位置にあったのだと気づき、愕然とした。
私の骨事情
介護の仕事をしている人は、職業病で腰を痛めている人が少なくない。でも、私はこれまで腰痛で病院にかかったことはなかった。だから余計に、自分は介助のコツを理解していて、力任せの介助もしていないと過信していた。しかし、己の肉体は確実に日々老化していっている。
加えて私の場合は、乳がん治療の副作用も影響しているのではないかと思う。6年程前に受けた乳がんの手術で、私のがん細胞の特性の一つに、女性ホルモンの刺激により増殖が促進されるタイプであることが分かり、術後の薬物療法で、女性ホルモンの分泌や働きを下げる薬を5年間服用した。この薬の副作用として、骨粗しょう症のリスクが高まることが知られている。そのため病院では、経過観察の過程で、腰椎と大腿骨の骨密度検査を定期的に行い、骨粗しょう症になっていないかのチェックを続けてきた。私の検査数値は、同年齢の平均骨密度の許容範囲内にかろうじて収まっていたので、大丈夫だと思っていた。しかし、数字のマジックというか、許容範囲に収まっているからといって、絶対に大丈夫ということではなかったのだ。
抗女性ホルモン薬を真面目に5年間、毎日服用し、ようやく服薬が終了した途端、今度は骨を丈夫にするための薬を、死ぬまで服用する羽目になった。何とも皮肉な話だ。
老々介護ヘルパー
私も整形外科で、オーダーメイドのコルセットを作った。骨を固める間のギブスのようなものだ。胸の下から脚の付け根ぐらいまでの幅のコルセットをがっしりと締めると、胴体が丸太のように固定されるので、不意に体を動かして痛みが走るというようなことが減る。医者からは、コルセットをとりあえず3か月間は装着するように言われた。
圧迫骨折をした直後は、ちょっとした体の動きでも痛みが走るので、布団に横になるのも大変だった。スローモーションのように体勢を少しずつ変えながら、やっとの思いで横になっていた。朝、目が覚めた時はもっと最悪で、腰だけでなく、肩も腕も全身が痛くて、この先の生活はどうなってしまうのだろうと、暗澹たる気持ちになった
四六時中、腰に神経を集中させた生活が1か月ほど経った頃、ようやく少しずつではあるが、痛みが軽くなっていく感覚があり、気持ちが明るくなった。常の「痛み」は心身をむしばみ、生活の質に直結していることを心底実感した。
コルセットを腰に巻きながら、慎重にホームヘルパーの仕事を続けているが、圧迫骨折ヘルパーとなって、一つだけ良かったことがある。ひどい腰痛で歩行も大変なおじいさんの訪問事例である。食後の歯磨きにお誘いするのだが、彼は体を動かすと痛いので、「後で自分でやるから大丈夫だよ」と断ってくる。それでも、ヘルパーの見守りのもと、少しでも安全に用事を一つ済ませてもらうために、また、あまりに動かないでいることも身体機能の低下につながるので、そこを何とか洗面所まで行きましょうと重ねてお誘いするのだが、「いったい誰がそんなことを決めたのか!」とご立腹気味になっていく。迫りくるサービス終了時間。これ以上の関係悪化は避けたい。そこで、圧迫骨折ヘルパーは奥の手を繰り出す。私は自分の上着をめくり、腰のコルセットを見せて、「実は私も腰を痛めてしまいまして…」。すると同じく腰コルセット状態のおじいさんは、「おお、あんたもかい!いつ痛めた?」と急にシンパシーを示してくださる。彼は「ヤクザみたいだけど、夜寝る時はさらし半反を腰にぐるぐる巻きにすると良いよ」とか、「パンツをコルセットの上に被せてはくと、トイレに行った時に便利だよ」とか、圧迫骨折の先輩として、いろいろアドバイスを授けてくれつつ、洗面所にも歯磨きに向かってくれるのだ。
それは横並びの関係から始まる新たなコミュニケーションである。「あなたも私と同じだね。だったら私のつらさも分かるよね」とお年寄りが捉えてくださるのは、老々介護ヘルパーならではの強みである。この年齢になってから手にする武器もあるのである。
答え合わせ
若いうちに貯めておくべきは、老後のお金とカルシウムだった。無駄な抵抗だが、今さらながら、苦手な牛乳を毎日飲むようにした。半世紀も前の、学校給食のトラウマがあって、牛乳はどうしても好きになれない。後悔先に立たず、である。
圧迫骨折とはこんなにも痛いものかと、初めてよく分かった。圧迫骨折のお年寄りと仕事で数多く接してはきたが、つくづく、自分がなってみないと、本当のところは分からない。私も60歳を過ぎ、お年寄りの抱える心身の不調が、実はこういうことだったのかと、我が身をもって知ることが増えていきそうである。これまで自分がしてきた介護の、答え合わせをする時期になったのだ。この答え合わせをして、介護職人生が完結するのだと思う。
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