コラム
ケアに関するコラム集です。
クマと人間
深刻なクマ被害
クマに人が襲われたというニュースが連日のように流れ、私たちを恐怖と不安に陥れています。ここ数年、クマによる被害者数はハイペースで増加しており、過去最多を更新し続けています。
私が長く暮らしていた西伊豆の田舎も、動物と人との距離が近かったです。夜道を車で走っていると、路肩で目を光らせているシカをよく見かけたし、国道を悠然と横断しているシカのご一行に遭遇したこともあります。野生のイノシシやシカ、サルなどによる農作物被害が深刻な問題になっていました。また、ごくたまに、猟で仕留めたというシシ肉やシカ肉のお裾分けをいただくこともありました。
初めて耳にした「アーバンベア」
ワイドショーを観ていたら、人間を恐れなくなったクマのことを「アーバンベア」(都市型クマ)と呼ぶそうです。いくらカタカナを使いたいからといって、アーバンベアというのはどうも耳に馴染みません。アーバンスタイルやアーバンホテルといったように、アーバンという言葉には、都会的でハイセンスな響きを感じるからです。
クマによる人的被害が多発している背景としては、①気候変動などの影響で山のエサが減少 → ②クマが人里に降りてくる → ③人里の柿や残飯が美味しいと学習する → ④人を恐れなくなり人里に定着する(アーバンベア化)→ ⑤個体数増加と分布拡大 → ⑥被害の増加、という悪循環が起きているそうです。
「♪ある日 森の中 クマさん出会った~」と軽快に歌われていたクマが、今や住宅地や学校など、私たちの生活圏のど真ん中に出没するようになり、中には人を襲って食べる個体まで現れました。
国も新たな対策として、鳥獣保護管理法を改正し、クマやイノシシが人の生活圏に出没し、緊急の危険がある場合には、市町村長の判断で「緊急銃猟」を可能にする制度を導入しました。しかし、猟友会の会員は高齢化が進んでおり、若いハンターの育成にも時間がかかるそうで、問題の早期解決は望めない状況です。
クマの好感度が急降下
クマは動物の中でも、愛されキャラとして登場する機会が多いイメージがあります。『クマのプーさん』は息子が幼かった頃、一番のお気に入りのディズニーアニメで、レンタルビデオ店にあったシリーズを全制覇して観ていました。また、ゆるキャラグランプリ王者に輝いた「くまモン」による経済効果は計り知れません。関連商品の売上高は年間一千億円を超えているそうです。中国の外交手段の切り札になっているジャイアントパンダもクマの仲間です。童謡『金太郎』では、「♪まさかり担いだ金太郎 クマにまたがり お馬のけいこ」とあるように、クマと子どもが仲良く遊ぶ様を歌にしています。
訪問介護でお会いする90代男性のIさんも、テレビニュースを観ながら、「クマはなんで人を襲うようになったのかな?」と不思議がっていました。Iさんは東北の農村部の出身で、ある時、河原で弁当を食べていると、子グマが近くに来たので、かわいくておかずを分けてやったそうです。認知症とはいえ、昔のことはよく覚えているIさん。多少の脚色はあるかもしれないけれど、まさに童謡や絵本の世界と同じだなあと思った私。でも、彼の口から、こうも聴いたのです。
狩猟の対象として魅力的だったクマ
「冬は家が埋まるくらいの雪が降ってとても寒かったけど、今みたいにコートなんてなかったから、どこの家にもクマの毛皮が吊る下がっていたよ」
ダウンジャケットやヒートテックがない時代。クマの毛皮はとても暖かくて、家族の人数分、それぞれに毛皮があって、Iさんはご丁寧に毛皮の剥ぎ方まで教えてくれました。
「腕も胴体から切り離さずに、縦に開くようにして皮を剥ぐ。羽織る時には、腕部分の毛皮を首の後ろから体の正面に持ってくるようにする。足も腕と同様に、胴体から切り離さずに縦に開く。羽織った時に、クマの足部分の毛皮が、自分のお尻から脚の裏側にちょうど当たって良い感じなんだ」
頭の中で紙芝居の絵をすぐに想像してしまう私。まるでクマをおんぶしているような毛皮の絵になるなと思いました。
Iさんの家は子だくさんの大家族だったので、たぶん10頭以上のクマが毛皮となって、極寒の冬の暮らしに役立っていたのでしょう。どこの家にもある光景となると、村ではクマ狩りも盛んだったと想像できます。
農山漁村文化協会が出版している『写真ものがたり 昭和の暮らし2 山村』には、昭和40~50年代の頃の狩猟の様子が写った白黒写真がいくつか掲載されています。鉄砲を持って山に入り、獣を狩る「猟師」という職業が、きちんと成立していたことが分かります。クマの肉は食べられますが、クマ狩りの主目的はクマの胆(くまのい 胆汁を蓄えておく胆のうのこと)だったそうです。万病に効く薬として、クマの胆は古くから非常に高値で取引されていたとのこと。しかも、胆汁が最も蓄えられているのは、クマが冬眠から覚めて穴から出てきた時であり、猟師はお腹がペコペコで最も危険な状態のクマと対峙したそうです。
当時はクマの側も、人間は命を狙ってくる危険な存在として認識していたことでしょう。クマと人間が絶妙のバランスを保って暮らしていたことが分かります。科学の発達により、暖かい化学繊維の衣類が作られ、化学合成で薬も大量に安定生産される。そういう恩恵を私たちが享受している間に、クマと人間との絶妙な共存関係は崩れ、クマは人を恐れなくなっていました。
私にできること
長年生きてきたIさんの証言にはとても深い意味がありました。単に山にドングリが少なくなったということではなく、人々の生活様式や、産業構造の変化など、様々な要因が複雑に絡み合って生じているクマ被害。当面はアーバンベアを駆除し続けていくしかないのでしょう。せめて、クマの命に報いるために、今度、勇気を出して、ジビエ料理のクマ肉を食べてみようと思います。
そして、人生紙芝居という形にしないとしても、今後も、お年寄りから昔の暮らしのお話をたくさん聴き取って、これからを考える貴重な資料、“宝物がたり”として、守り伝えていきたいと思います。
人生紙芝居を
作ってみませんか?
大切な人へ、人生の歩みを讃え、感謝を伝える唯一無二の贈り物