コラム
ケアに関するコラム集です。
「風呂キャンセル界隈」と介護現場の入浴事情
ポップさで世間の価値観を軽々と超えた「風呂キャンセル界隈」
若者が生み出す言葉には、時にうならされることがあります。最近だと「風呂キャンセル界隈」。風呂キャンセル界隈とは「面倒になり、シャワーやお風呂に入ることをやめてしまう人たちのこと。お風呂に入るのが面倒くさいとか、疲れているので今日は風呂をキャンセルしたい、といった気持ちを共有するために使われる」(Wikipediaより)。風呂+キャンセル+界隈。全体の響きがポップな感じのこの言葉。毎日入浴するのが当たり前という清潔主義が浸透している現代日本において、多くの共感を呼んでいます。
介護現場における入浴をめぐる攻防
介護現場にも、風呂キャンセル界隈は多く存在していて、彼らと介護職員の間で、入浴をめぐる攻防が昔からずっと繰り広げられてきました。
ちなみに、日本の介護保険法では、特別養護老人ホームや介護老人保健施設で、入所者に対して週2回以上の入浴または清拭を行うように義務付けています。人手不足が深刻な介護現場では、週2回入浴のところも少なくありません。だから「うちの施設ではお風呂に週3回入れます」ということが施設の売りになったりします。デイサービスの場合は、家族から「家では全く風呂に入らないので、デイに行ったついでに風呂に入れて下さい」という強い要望があって、むしろ入浴が主目的で利用している方も多くいます。
要介護高齢者が入浴を嫌がる時、考えられる理由としては、「衣類の着脱を含め、とにかく面倒くさい」、「風呂に入ると疲れてしまう」、「寒い季節は湯冷めが怖い、風邪をひく」、「施設の入浴はゆっくりと湯に浸かっていられない」、「赤の他人(職員)に裸を見られるのがイヤ」、認知症ゆえに「入浴の手順がよく分からない」「腹巻に入れている貯金通帳が盗られるのではないかと心配」等々、人によって様々です。
入浴したくないお年寄りと、入浴させる使命感に駆られた職員との攻防は、例えばこんな感じです。まずは優しく入浴の声掛け。お年寄りが「今日は風呂はやめとくよ」とやんわりと断ってきます。職員がさらなる説得の言葉をかけていくと、今度は「昨日入ったから大丈夫」と返してきたり、「何だか今日は調子が悪くて…」と体調不良をほのめかしてきたりします。それにも動じず、手詰まり感を打破したい職員は、「○○さんは男前だから、風呂に入ったら益々イイ男になっちゃうよ」と持ち上げてみたり、「○○さんをお風呂に入れないと、私のお給料が下がってしまうんです」などという意味不明な泣きを入れてみたり。便汚れなどで、どうしても入浴してもらわないと困る状況下では、「ごめんなさい、私が誤って洋服の後ろを濡らしちゃったから、交換してもらえますか」と嘘を言って服を脱いでもらう作戦や、お風呂場にその人が大好きなまんじゅうを置いて、誘導を試みたこともあります。30年前の私も、現在の私も、風呂キャンセル界隈の入浴介助を担当する日は、今日はすんなりと入ってくれるかしら、と朝からドキドキしながら仕事に向かいます。
いろいろ誘ってはみたものの、最終的に入浴に応じてもらえなかったという場合、介護現場では個人記録に「入浴拒否」と記入されることがあります。「拒否」という言葉には、拒否する方に非があるという響きがありますね。職員として出来る限りの説得は試みました、という言い訳も込められていると思います。もっとライトに、今風に、「Aさん、今日もお風呂キャンセル界隈でした~♪」と記録に書いたら、きっと不真面目だと叱責されてしまうでしょうね。でも「拒否した人」「拒否された人」というダメージを互いに喰らうより、良いのかなと思うのですが…。
入浴事情の時代変化
私がまだ小学生だった昭和40年代後半、我が家に風呂はありましたが、木桶の風呂で、灯油で沸かしていました。灯油の補給が手間だったのか、父親が田舎で育った際の入浴事情を反映していたのか、とにかく冬場は風呂は一日おきでした。そして、洗髪は1週間に1回と決まっていました。当時、それに対して何の疑問も持ってはいませんでした。
いつしか毎日入浴するのが当たり前の生活になり、昭和の終わりから平成の初めにかけて、「朝シャンブーム」が到来します。通勤・通学前の朝の時間帯に洗面台でシャンプーして、気分もスッキリ、寝癖も直る、という新たな生活習慣が若者を中心に定着していきます。当時は、朝食を抜いてもシャンプーはする、という女子高生が相当数いたそうです。しかし一方で、医師らによる頭皮や髪への悪影響なども伝えられ、バブルと共に朝シャンブームも消えて行きます。
そして、今や、その真逆に針が触れての、「風呂キャンセル界隈」の誕生です。
近未来の入浴事情はいったいどうなっていることやら…。
風呂キャンセル界隈よ、垢で死ぬことはない
ひとたび戦争になれば、風呂に毎日入ることもままならなくなるでしょう。災害時も同様です。要介護高齢者と介護職員の間で繰り広げられる入浴をめぐる攻防も、平和だからこその攻防と言えます。世の中で風呂キャンセル界隈が市民権を得つつあると言っても、これまでの30年同様、これからの30年も、介護現場における入浴をめぐる攻防は、姿を変えることなく続いていくことでしょう。だからこそ、攻防自体を楽しんで、なんだかんだと言葉を交わし合って、共に過ごしていく、それでいいと思います。垢で死ぬことはない、のですから。そして確実に変わるのは、私自身が入浴拒否をしているかもしれない要介護高齢者側の人になっているということです。その節は、どうかよろしくお願い致します。
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