活用事例

実際に制作した人生紙芝居のエピソード集です。

デイサービスで帰宅願望が強いDさんの特効薬

午後になると家に帰りたくなるDさん

デイサービスを利用しているDさんは90代で、車椅子を使用しており、認知症がありました。元々、世話好きで気前が良く、デイサービスに持参するカバンの中には、いつも大好きなお菓子がいろいろ入っていて、「これ美味しいよ、あんたも一つ食べてみな」と職員の手にお菓子をねじ込みながら、自分もパクリと食べたりして、憎めない、笑顔がかわいいおばあさんでした。

午前中は愛想の良いDさんですが、午後になると、その表情には疲れが見え、「そろそろ家に帰るよ」と言い始めます。昼食の後などに、静養室のベッドで30分でも横になれば、少しは体も休まると思うのですが、Dさんとしては、他人様の前で寝るなんてことは、みっともなくてできないという意識が強く、だから、ここは一刻も早く家に帰って、誰の目も気にせずにゴロンと横になろうと考えるのです。
年齢的にもデイサービスで朝から夕方まで車椅子でずっと過ごすのは、さすがに疲れます。職員もよく分かってはいるのですが、同居家族の都合もあり、何とか終了時間までいてもらわなければなりません。昼食後の皿の片付けなどをこなしつつ、車椅子のDさんに声をかけます。

職員「今、運転手さんも昼休憩に行ってしまっているから、戻るまで少し待っていてくださいね。」
Dさん「大丈夫、ここからなら一人で帰れるから。」
職員「でも、Dさん一人で歩いて帰れないでしょ。」
Dさん「そんなことないよ、どうぞお構いなく。」

Dさんは車椅子から立ち上がって、玄関に向かおうとします。こうなると、転倒されては一大事なので、そばに職員が一人、張り付かなければならなくなります。職員配置が手薄な現場としては、手をとられる困った事態です。

職員「こっちに来て、皆でテレビでも観ましょうよ。お料理番組をやっていますよ」

Dさんはそんな呼びかけに耳を貸さずに、帰るモード一直線。職員が行く手を塞ごうものなら、真剣に怒り出します。

職員「お願い、もう少しここに居てよ。Dさんが帰っちゃたら、私が上司から怒られちゃうから。」
Dさん「そんなこと知るかい。」
職員「いま帰っても、家の人は仕事に行っていて、鍵がかかっているから中に入れないと思うよ。」
Dさん「そんな訳ない。いちいちあんたはうるさいねぇ。」

Dさんのイライラは一層募り、興奮は増すばかりです。

帰宅願望から気持ちが逸れる一番の特効薬は

こんな時に、ものの数分で、彼女の怒りを鎮めてくれる魔法のアイテムが、彼女を主人公として制作した人生紙芝居でした。

職員「そうか、今日はもう帰っちゃうのね。寂しいけど、じゃあ、帰る前にこれだけDさんと一緒に見て、さよならしようかなあ」

第三者からしたら、流れ的にあまりに唐突に見えるでしょうが、そこが“絵”の持つ力の凄いところ。Dさんの顔にそっくりな主人公が画面いっぱいに、大好物のかりんとうをつまんで満面の笑みを浮かべている表紙を一目見れば、Dさんも、「あら、これ私だ」と分かるようで、気持ちが一瞬、人生紙芝居に向きます。説得を試みて、いろいろな言葉をかけても、興奮状態の頭ではなかなか理解をされません。その点、“自分の絵”は一瞬で目から脳へと届きます。

職員「ほら、これ、Dさんが大好きなかりんとう!」、「バイクに二人乗りして、デートに行く絵ですよ。旦那さん、かっこよかったのでしょ」、「これは子どもたちの大好きなものを夕食に作ってあげて、喜んでいるところ。大皿にたくさんだね~」

驚きつつも、紙芝居の世界に引き込まれ、「うんうん、そうだった」と、自分の人生を振り返り始めるDさん。「花を育てるのが好きだったの?」などの質問も織り交ぜ、Dさんにもしゃべってもらって、二人でDさんの人生を共に辿る時間です。最後に「ずっと家族のために働いて、がんばりましたね」、「美味しいお料理をいつも作ってあげて、家族も幸せだったね」、「Dさんが丹精込めたお庭を、今度見せてもらいたいなあ」などと声をかける頃には、Dさんもすっかり表情が和らぎ、「皆があちらでゲームをやっているみたいですよ。一緒に行ってみませんか?」と誘うと、嘘のように「そうだね」と笑顔で応じてくれます。

紙芝居で安心と誇りを取り戻す

ここには私のこれまでの人生をよく知っている職員がいてくれる、と分かるだけで、とても安心できます。そして、この人の言うことには従ってみようかな、という気にもなります。帰宅願望も消え去って、代わりに、自分の人生に対する誇らしい気持ちも蘇える、良いことづくめの特効薬になりました。