コラム

ケアに関するコラム集です。

がん治療と哲学

がん宣告で、ガーン!

50代半ば過ぎで、乳がんになりました。

ありきたりですが、がん確定の診断結果を聞いた時は、目の前が真っ暗になり、今後の治療方針について説明するドクターの声が、はるか遠くに聞こえました。まさに、青天の霹靂。私のこれまでの人生の中で、乳がん罹患は最大のピンチであったと思います。

日本における死因の第1位はがんで、全死亡者の約4人に1人ががんで亡くなっているそうです。一方で早期発見・早期治療であれば、乳がんの場合、ステージにもよりますが、平均すると5年生存率は90%を超えており、がんの中では比較的、予後が良好ながんと言えます。

がん治療も日進月歩で、救命率も日々上がっているとはいえ、やはり、がん宣告を受けた時は、「死」というものがにわかに現実味を帯び、心を占有して片時も離さない状態になりました。介護の現場で出会った多くの方々が亡くなっていき、両親の死も経験していて、「死」というものは身近にあったはずなのですが、「自分の死」となると、これは全くの別ものです。下の子がまだ学生で、「今、死ぬわけにはいかない。仕送りを続けなければ」と、ショックを受けつつも、子どもの存在が闘志を奮い立たせてくれました。
私は標準治療を選択。左乳房全摘手術の後は、抗がん剤の点滴治療が1年間、服薬治療は5年間続きました。今は再発転移をチェックする定期的な検査を受けている段階で、これがまだ5年程続きます。ずっと首に縄を付けられた気分で、スッキリしません。

長い治療期間の中で、治療の中身も段階的に変わっていきますし、体の痛みやだるさ、悩みの内容や心のあり方など、自分の体も心も少しずつ変化をしていきます。がんは既に不治の病という認識ではなくなっていることを示すように、最近は芸能人などががんであることを積極的に公表して、SNSなどで自身の闘病の様子を発信するようになりました。がんになってからは、以前にも増して、そういう記事に目が行ってしまうのですが、読んで思うことは、やはり、一人一人違うなあ、ということです。同じ乳がんであっても、治療内容や副作用の現れ方は人によって違いますし、がんの受け止めについても、その人の置かれた環境やそれまでの経験、その人の性格によっても違ってきます。だから、記事を読んでは、「ほんと、つらいよね~」と共感する時もあれば、「私はそんな症状はなかったけどな」と思いながら読んだり。
ですので、以下に書くことも、“私の場合”についての話であることをご了承下さい。

一番こたえたことは見た目の変化

治療過程で一番しんどかったのは、己の見た目の変化です。全摘手術により右乳房のみが残りました。もともと左右一対あったものが、片方だけになるバランスの悪さ。加えて、抗がん剤治療の副作用で、頭髪が全て抜け去りました。風呂場の鏡に映る自分の姿が、まるで化け物のように見えてしまって、最高に落ち込みました。当時住んでいたアパートは洗い場に全身が映る鏡が設置されていて、それが反って仇になったのです。今住んでいるアパートの浴室内の鏡はとても小さく、上の方についているので、全身が映ることもなく、平和な気分で入浴できます。

体力が戻らないことへの焦り

抗がん剤の副作用の出方も人それぞれ。私の場合は、胃が全く動かなくなり、食事が摂れなくなりました。何とか点滴スケジュールを完遂させなければという一心で、おかゆを作り、それを少しだけ口にする程度。一日中、布団に横になり、トイレの時だけ這って行くという生活が2か月ほど続きました。副作用をもたらしていた薬剤の点滴投与が終了すると、また少しずつ食べられるようになり、散歩も再開しました。2か月間歩かなかっただけで、外を久しぶりに歩いた時は、50メートルも歩けなくなっていて、筋力低下の恐ろしさを実感しました。

全ての抗がん剤の点滴治療を終えたのは、手術から1年以上が経った頃でした。とりあえず、大きな治療が終わって一段落のはずでしたが、そこからまた、新たな悩みが始まります。点滴治療が終了したのに、体力が以前のようには戻ってこないのです。疲れやすい、常にだるい、そういう数値には表れてこない不調が続き、発病前のようにバリバリ仕事がこなせなくなりました。今の自分を過去の自分と比べては絶望する日々。もしかしたら、軽いうつ状態だったのかもしれません。

よりによってコロナ禍のがん告知、乳房を切り落とされた手術、悪魔の点滴と呪った抗がん剤治療、目まぐるしく変わるがん細胞との闘いを通じて、いろいろな気づきがありました。しかし、次に私を待っていたのは、久々に取り戻した日常生活の中での静かな心の自傷行為。長くて暗いトンネルに迷い込んでしまいました。

名著『がん哲学外来へようこそ』

光を求めて、病院内にある図書館で、関連図書を読み漁りました。私を救ってくれた1冊が『がん哲学外来へようこそ』(樋野興夫著 新潮新書)です。がんになった人、あるいは、家族ががんになった人に、お薦めしたい1冊。がん患者のバイブルだと思います。

著者の樋野興夫氏は順天堂大学病院のドクターで、2008年に院内に、がん患者やその家族の心のケアを行う対話の場を開設します。30分間から1時間ほどの個人面談を通して、がんにまつわる様々な悩みを解消することを目的としており、現在は、院内に留まらず、地域の中でもそのような場が設けられるようになりました。
本書には、実際の外来の場で相談者に伝えた「ことばの処方箋」の数々が掲載されています。一部紹介しましょう。

・いま決めないで、歩きながら学んでいけばいいのではないですか。自分に降りかかる事態を、理不尽と思える事態を、歯を食いしばって許すことを学ぶんです。苦しみながらも許すことを学ぶ。そうすると、品性が生まれますよ。品性が生まれることで、希望が生まれる。
・人生いばらの道、されど宴会ですよ。がんも含めて、人生には色んなことが起きるものですが、あなたがやりたいと思えば、今晩楽しい宴会をひらくこともできますね。そうやって毎日を楽しむことも、笑顔を忘れないことも大切です。
・がんと診断されたことで、「自分はがんなのだ、病人なのだ」と思い込む必要はないと私は考えています。それでは日常をがんにそっくり乗っ取られてしまいます。

「自分ががんになってしまったことの意味は何なのか」、「この経験から何を学んだら良いのか」、がん患者の矜持を持ちたいと思っていた私に、この本は刺さりました。言葉の力は、時に科学的な薬や治療よりも効力を発揮します。私の中に本来備わっていたレジリエンス(回復力)を呼び覚ましてくれました。哲学万歳!

新たな出会いを楽しみに

図らずも、仕事の断捨離の機会となった乳がん罹患。障害のある方の旅行サポートやリハスポーツの普及活動、失語症の患者会活動などからも身を引きました。体のことを考えて、たくさんのことを諦めるしかない中で、一つだけ続けるとしたら何?、と考えた時に、私が選んだのが「人生紙芝居づくり」です。

人生はままならないもの、ということを、今も学び続けている私だから、紙芝居の主人公の方の人生にも、より深く温かく寄り添って、それを紙芝居作品として表現できるのではないかと思います。是非、あなたの人生ものがたりをお聴かせください。