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『あの人は立派に生きた』― 人生紙芝居のメッセージ

名言の楽しみ

歴史上の偉人が遺した名言、スポーツ選手や俳優等の有名人が発した名言、漫画や映画の登場人物の台詞が名言だったというケースなど、星の数ほどの名言があります。「そうだよなあ」と共感できるものもあれば、「そうかな? なんかピントこない」というものもたくさんありますね。むしろ後者の方が多いかも…。心にビタッとはまった名言を己の座右の銘にする人もいれば、「あの人なら確かにこんなことを言いそうだ」みたいに、単に暇つぶし的に読むのも楽しい名言集。

長嶋茂雄が引退セレモニーでスポットライトの中心に立ち、「巨人軍は永遠に不滅です!」と言い放った言葉は、日本中を感動の嵐に包み込みました。当時、小学生だった私は、野球好きでもないし、巨人ファンでもなかったのですが、あの光景と言葉は何故か脳裏に刻まれました。その一方で、彼のようなは有名人に限らず、名もなき人だって、私が一生忘れない程のインパクトある名言を遺します。デイサービス利用者の老婦人が私に教えてくれた名言は「(人は)目から死ぬ」。腰痛、ひざ痛、疲れやすい、夜中にトイレに起きる、老化のサインは様々あれど、一番初めは目に来る。つまり老眼の始まりが老化の始まりという意味です。無駄な言葉が一切なく、真理を突いていて、恐怖感たっぷりの名言。彼女の言う通り、私自身も目から始まり、今は体の各所が死に始めております。

子育て中には、我が子が「すごい感性! 天才的!」と大感動するような言葉を発したりもしました。詩のような世界、子どもならではの視点と言葉選び。しかし、悲しいかな、忙しい毎日に流されて、その宝石のような言葉の数々は、一つも私の脳には残っていません。

人生紙芝居の本質に通底する内村鑑三の名言

内村鑑三は明治から昭和初期にかけて活躍したキリスト教思想家・伝道者。その傍ら、足尾銅山鉱毒問題や、日露戦争では非戦論を唱えるなど、社会問題に対しても積極的な発言と行動をした人です。
彼は多くの著書や名言を遺していますが、その中で、私の心に刺さった名言を紹介します。

①後世へ遺すべき物はお金、事業、思想もあるが、 誰にでもできる最大遺物とは、勇ましく高尚なる生涯である。

②この世で一番価値あることは 「あの人は立派に生きた」と言ってもらえること。

名言①は、人は一生をかけて、子や孫へ、あるいは社会へ遺せるものを築くとすれば、それは単純明快に「お金」そのものであったり、経営してきた会社や社会的活動を行ってきた団体組織のような「事業」であったりするでしょう。あるいは、原爆反対、自然との共生、人種差別撤廃、分断と対立などに対しての、一つの「思想」を遺すかもしれません。でも、莫大な財産を遺せる人や、自らの思想を世に遺せるような人は、一部の人に限られます。特に成功者でもなく、ごくフツーの人、自分はむしろ負け組だと思ってしまうような人でも、誰もが後世へ遺せるものがある。それは、「自分はかく生きたり!」という人生そのもの、生き様である、と言っています。おお、これならば、この私も我が子たちに遺せるわ、と思えます。

名言②は、人が亡くなる時に、この言葉をかけられたら、と想像してみてください。最高の送別の言葉だと思いませんか。天にも昇る気持ちになって、まさに天に昇っていきますね(笑)

「あの人は立派に生きた」を描く人生紙芝居

そして人生紙芝居とこの名言との関係。人生紙芝居では、主人公の方の人生の歩みが描かれています。「これまで、こんなことに直面し、その度にこんなことを思いながら乗り越えてきましたね。素晴らしいですね、頑張りましたね」という、その人を丸ごと認める人生讃歌になっています。一人一人の人生があり、泣き笑い、転んでは起き上がっての日々、つまり“高尚なる生涯”を描き出しており、この紙芝居を観た人たちから、「よく頑張ったよ」と声をかけられ、“立派に生きたと言ってもらえる”機会を作り出してくれます。この名言を具現化したアイテムが人生紙芝居であり、なんだか、内村鑑三からお墨付きをもらったような気持ちになっています。